―えっ、わたし、もう40になるの……?

友達の誕生日を機に唖然としたこと。

頭ではわかっていたはずなのに、いざその数字を突きつけられると、どこか他人事みたいで現実感がない。

40歳。アラフォーですらなく、もう正真正銘の40歳です。

立ち止まって、考えてみる。

成人してからこの20年、わたしは何を積み上げてきたんだろう、と。

安心できる貯金はない。誇れるスキルもない。「これをやり遂げた」と言える経験も、ぱっと浮かんでこない。

ただ年齢だけが、律儀に増えていきました。

何かを始めたい気持ちはあるのに、いざとなると何もしたくない。

やる気と無気力のあいだで、ずっと宙ぶらりん。

これからどうするの、わたし?!

そう自問するも他人にまで相談する勇気はないのです。


そんな気持ちが強くるのは、甥っ子と姪っ子に会う時。

少し前まで言葉もたどたどしかったあの子たちが、会うたびに新しい言葉を覚えて、できることを増やして、目に見えて成長している。

「これ知ってる!」「あのね、こうなんだよ」と得意げに話す姿が、まぶしい。

その横で、わたしはどうだろう。

去年と今年で、何か変わっただろうか。一年前にできなかったことが、できるようになっただろうか。新しく学んだこと、挑戦したこと……正直、何も出てきません。

子どもたちは毎日全力で世界を吸収しているのに、わたしは同じ場所で足踏みしている気さえします。

平日は、会社と家を往復するだけ。空いた時間は、若い頃と変わらず推し活に励み、好きなことを楽しむ。

それ自体は、悪いことじゃない。むしろ大切な時間です。

でも——このままで、いいんだろうか。

10年前とほとんど変わらない毎日を、この先もずっと繰り返していくのかな、と。

楽しいはずの日常の隙間から、ふいにそんな問いが顔を出すようになりました。

たぶんこれは、わたしだけの感覚じゃないと思います。

同じように40歳という節目を前にして、また40歳を超えて、もやもやを抱えている人は、きっとどこかにいる。

だから今日は、その不安から目をそらさず、ひとつずつ正直に書き出してみようと思います。

40歳を前にして感じるリアルな不安、あなたはいくつ当てはまる?

向き合うと決めたものの、不安はひとつじゃありません。

お金のこと、体のこと、仕事のこと、そして人とのつながりのこと。どれも漠然としていて、考え始めると気が重くなる。

だからこそ、いったん全部、机の上に並べてみたい。

正体がわからないから、怖い。

ちゃんと言葉にできれば、少しは扱いやすくなる気がするんです。

おひとりさま老後、貯金が心もとない…

結婚の予定はなく、この先もたぶん、ひとりで生きていく。

気ままで悪くない毎日です。でも時々ふっと不安がよぎる瞬間があって。

「老後、わたしは誰に頼ればいいんだろう」

兄弟はいるけど、子どもはおろかパートナーもいない。年を取ったとき、そばで支えてくれる人はいません。

そうなると、最後に頼れるのはお金なのかもしれない。

では肝心の貯金はどうかというと、これがなかなか心もとないんです。

ブランド品を買うわけでも、しょっちゅう旅行へ出かけるわけでもない。

それなのに、口座の残高はいつも同じくらいの数字をうろうろ。

派手に使った覚えもないのに、なぜか貯まっていかない。

この「地味に貯まらない」感じ、心当たりのある人もいるのではないでしょうか。

わたしの理想の老後は、そんなに贅沢なものじゃありません。

そこそこ快適な施設に入って、のんびり過ごして、誰にも迷惑をかけずに、静かに人生を終えたい!

ただ、それだけ。

でも、そのささやかな願いすら、今の貯金ペースで叶うのかどうか。

そこそこの施設に入るには、いくら必要なんだろう。 今からで間に合うんだろうか。 間に合わせるには、毎月どれくらい貯めればいいんだろう。

少しずつ蓄財に取り組んではいますが、まだまだ不安がぬぐい切れない…

年々体調いい日が少なくなってる気がする…

お金の不安が「未来」のものだとすれば、体の不安は「今ここ」で進んでいる、もっと生々しいものです。

とにかく、ずっとだるい。

朝体が重くて起き上がれない。日中もどこかぼんやりして、頭がうまく回らない。

集中したいのに、霧がかかったみたいに思考がまとまらない。

「気のせいかな」で済ませてきたけれど、最近はさすがに、そうも言っていられなくなってきました。

体力の衰えも、はっきり感じます。

駅でちょっと走っただけで、心臓がドキドキして息が上がる。前ならなんともなかった程度で、すぐに動悸がする。

体力には自信があったのに、体がいうことを聞かないそのもどかしさ。

そして極めつけが、健康診断でした。

去年は貧血と血糖値で引っかかってしまってD判定…

「再検査」なんて自分には縁がないと思っていたから、いざ指摘されると、思った以上に動揺しました。

数値という動かせない事実を前にすると、「なんとなく不調」が「ちゃんとした不調」に変わって、急に怖くなるものです。

このだるさも、頭の重さも、動悸も、健康診断の数字も。

たぶん、どこかでぜんぶつながっている。

運動しなくちゃと思いながらも、毎回三日坊主…。

体は毎日使うもので、ごまかしがきかない。

なのに、重病でない限りいちばん後回しにしてしまうのが、体の事なんですよね。

定年まで勤められるけど、このままでいいの?

続いて、仕事の話。これがまた、考えるほどに重い。

振り返れば、わたしのキャリアはずっと不安定でした。

30代前半まで、ずっと派遣社員。契約が切れるたびに次を探して、また新しい職場に慣れて。

その繰り返しのなかで、「自分の専門はこれ」と言えるものを、結局つかめませんでした。

それでもなんとか今の会社で正社員になることができ、あのときは「やっと安定した」と、心からほっとしたものです。

このまま大きな問題がなければ、たぶん定年まで勤めることはできる。会社が潰れない限り、職を失う心配もそんなにない。

……でも、です。

長く勤めると、別のもやもやが出てきました。

今の仕事で、スキルが身についている実感がまるでない。

日々こなしてはいるけれど、それがキャリアアップにつながる経験になっている気がしない。

違和感を抱えたまま、なんとなくやり過ごす毎日。「このままここにいていいのかな」という問いが、消えては浮かんで、浮かんでは消えていく。

本音を言えば、もっと自分の裁量で動ける仕事がしたい。

誰かに決められた枠の中でこなすんじゃなくて、自分で考えて、自分で判断して進めていける。そんな働き方に、憧れがあります。

でも、そこで必ずぶつかる壁がある。

——この年で、わたしに何ができるんだろう。

特別なスキルがあるわけでもない。胸を張れる職歴も学歴があるわけでもない。

でも「今のままは嫌だ」という気持ちだけは、たしかにある。

なのに「じゃあどうしたいの」と訊かれると、自分が何をしたいのか、まるで答えが出てこないのです。

40歳を前にして、いちばん答えの見えない悩みかもしれません。

孤独な老後エンド…

お金、体、仕事。ここまでの不安は、どれも「問題」としての輪郭があります。

でも、もうひとつ。うまく言葉にできないけれど、いちばん根っこにある気がする不安があって。

それは、「この生活のままでいいの?」という問い。

人とのつながりが、年々薄くなっているんです。

もともと友達は、多いほうじゃありませんでした。

それでも昔は、たまに会って近況を報告し合える相手が、何人かはいた。

でも結婚した友人たちとは、いつのまにか少しずつ疎遠に。

生活のステージが変わって、話の合う部分が減って、連絡の間隔がだんだん空いて。

そうしているうちに、自然と離れていきました。

誰のせいでもない。でも、やっぱり寂しい。

じゃあ新しい友達を作ればいい、と言われそうだけれど、これがこの年になると、想像以上に難しいんです。

学生時代みたいに、放っておいても誰かと仲良くなれる環境は、もうどこにもない。

職場の人とは、あくまで仕事の関係。趣味の場で他人に声をかける勇気なんてわたしには一切ない(コミュ障)。

気づけば「新しい人間関係を築く」という感覚そのものが、ずいぶん遠くなっていました。

でもやっぱり、——孤独な老後だけは過ごしたくないな、と思うんです。

お金のところでも老後の話はしたけれど、これは少し種類がちがう。

あっちが「お金や物理的な支え」の話なら、こっちは「心のつながり」の話です。

どれだけ貯金があってお金の心配がなくなっても、笑い合える相手がひとりもいない老後は、やっぱり寂しい。

ひとりの気楽さは好きですが、「気楽なひとり」と「孤独なひとり」は、まったくの別もの。

しかも社会的なつながりがなくなると、ボケると聞いてさらに焦る…

今のこの人付き合いの細さの先に、その孤独な老後が地続きでつながっている気がして、どうにかしないといけません。

それで、わたしはどうするの?

こうして並べてみると、自分の抱えている不安が、思った以上にくっきりと見えてきました。

老後とお金のこと。体の変化のこと。仕事とこれからのこと。そして、人とのつながりのこと。

どれも、簡単に答えが出るような話じゃない。

書き出したからといって、不安そのものが消えるわけでもありません。

でも、ひとつだけ確かなことがあります。

今までわたしは、この不安たちを見て見ぬふりしてきました。

漠然としたまま心の奥に押し込め、推し活や趣味で気を紛らわせながら、なかったことにしてたんですよね。

それを今日はじめて、ちゃんと言葉にして並べることができたのは、自分にとって小さくない一歩だと思うんです。

正体のわからない霧に怯えるのと、「これが不安の中身だ」とわかったうえで向き合うのとでは、きっと全然ちがいますよね。

ここはあくまで、スタート地点。

これから一つひとつの不安と、じっくり向き合っていこうと思います。

お金のことも、体のことも、仕事のことも、人とのつながりのことも。焦らず、でも目をそらさずに。

同じように、40歳を前にもやもやを抱えているあなた。 40歳を超えて焦っているあなた。

もしよかったら、これからの試行錯誤を、一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。

よかったら、また読みに来てください。